お正月だよ 『トータル・リコール (ディック短篇傑作選)』 感想

・「タイムテレビで過去に何が起きたか正確に解る世界で完全犯罪をする話」 。

ずっと昔にそう聞き気になり、ようやく読んだ 『マイノリティ・リポート』 は全然違う内容だった。

じゃあ一体 "タイムテレビで過去に何が起きたか正確に解る世界で完全犯罪をする話" は、何の作品なのだろう?

疑問は解けないままだ。


そのようなわけで 『トータル・リコール (ディック短篇傑作選)』 を読みました。その収録作品の感想です。ネタバレあり。


トータル・リコール

女性の顔が割れて中からシュワルツネッガーが現れる。とりわけそのシーンが有名な映画の原作小説。

火星に行きたい望みが叶わない主人公は、代わりに火星へ行った架空の記憶を植え付けて貰おうとするのだが――。

派手なドンパチが繰り広げられるストーリーは、映画オリジナルだった。

こちら原作は 「世にも奇妙な物語」 かなという展開で、アクションシーンは極少。分かりやすいカタルシスも無い。

何故か突然、受付女性の近未来的なバストの描写が複数回差し込まれる。映画版で印象的な3つの胸はこのくだりを拾ったのか?


『出口はどこかへの入口』

未来要素やSF要素を抜きにしても成立するだろうストーリーで、最も突き刺さる作品だった。

人生は自分で選ぶことができる。しかし選択肢は自己の意志とは無関係に突如現れるもので、正しい選択をできるかは分からない。

俺も人生を振り返れば、みすみす与えられたチャンスを自らの判断によって手放してしまった過去がある。

幸運の只中にあってさえ、選ぶべき選択肢を選ぶことは何と困難なことか。


地球防衛軍

ロボット同士が戦争をして、人間は地下に隠れて生き延びている世界の話。

作中の敵国がソ連であるのには時代を感じる。

何せ作品が執筆されたのは1950年代、まだ冷戦も始まったばかりの頃である。

最も大きな舞台装置は現代でも通用しそうながら、大オチは70年前に書かれただけあり前時代的な希望的観測という感じ。


『訪問者』

アメリカの敵はソ連! 放射線による生物の急激な進化!

さすが70年前の異国で産み落とされた作品だけあって、戸惑う要素も多い。これがガチのジェネレーションギャップか。

とはいえ本作はジェネレーションギャップによる劣化は軽微で、結末の見事さは喝采もの。

旧人類と進化を果たした人類との対立や共存を描いた作品はこの傑作選にも複数収録されているが、これが一番良かったな。


『世界をわが手に』

極小サイズの地球育成ゲームが流行するに至った未来での心情の話。

これって当時はどれくらい斬新な結末だったのだろうか。

インパクトはあまりなく、なるほどねえ程度のオチである。これもやはりジェネレーションギャップのせいだろうか。


『ミスター・スペースシップ』

明らかに微妙な出来だよね? と思ったら、巻末 「編者あとがき」 でも "珍品" "成功作とはいいがたい" と評されていた。

思わせぶりなフラグは一切投げ捨て、打ち切り漫画のような結末で終了する。オチを思い付かなかったのでは。


『非O(NULL-O)』

人間らしい情緒は欠落し論理的にしか行動しない人間が観測されて、という話。

完全に論理的な人間を、そもそも人間は描写できるのだろうか? そのようなことを思ったよ。

そしてどのような名作であっても、作品の良し悪しが読み手の時代によって左右されてしまうのは不可避なのだろうな。

登場人物:レミュエルの言動には、僕には感情が無いとか言い出す中二病や、カレー沢薫先生のコラムを思い出し吹き出すこともあった。


『フード・メーカー』

未来人の描写と言えば、空飛ぶ車にピッタリとしたボディースーツ。

作品は面白いけど、未来についての想像がそのようなレトロフューチャーだった時代に書かれたのだろうな、と感じる一品。

超能力による監視社会、それに対抗する手段が頭に被る金属の輪っか (フード/頭巾) だとは。

大オチについても、そこまでショックを受ける話か? とする価値観が現代日本では若い世代には浸透していそう。


『吊されたよそ者』

出来の良し悪しだけで言えば、収録作品の中で一番の傑作だろう。

「編者あとがき」 でも "ミステリ的に美しい構成" "古典的名作のひとつに数えられるのではないか" とべた褒めだ。

タイトルの時点で興味をそそられるし、何故よそ者が吊るされたのかという解にもカタルシスがある。

地下室での作業から戻ってきた日常は明らかに奇妙で、という始まりは星新一先生の作品でも類似のシチュエーションがあったっけ。

星新一先生のあの作品 (タイトルは思い出せないが) 、この 『吊されたよそ者』 からインスピレーションを得ていたのかも。


マイノリティ・リポート

本書を読むきっかけとなった作品は、別にタイムテレビは関係ないし、ミステリ要素はあっても推理小説風の作品でもなかった。

未来予知による犯罪予防を実現させた主人公自身が、まるで知らない人を殺すとの殺人事件が予知されて――。

未見ながら映画化もしたのは知ってるが、こういう話だったのだなあ。

端的に言えば、システムのバグの話だった。バグの話なので読んでいてテンションが上がったね。そういう影響が出たかーってなった。

しかしまあ、たった3人の未来予知者に全幅の信頼を寄せて運用するシステムというのは、度肝を抜かれる。

さすがにそのようなシステムはリアリティが無さすぎでしょ、と思ったが、そうとも言い切れないか。

現実にも、オランダではAIによって6年間も無実の数万人を児童手当の不正受給者と判断し続けていた、という事件が起きたのだし。


24.01.28追記:細部を修正。